【EB】樹上

 マッチの火を煙草の先に灯し、煙を思い切り吸い込む。肺が苦味で満たされ、けほりと咳き込んだ。
「……マズ」
 紫煙をくゆらせながら、ボソリとつぶやく。

 大木の頂上近く、葉の間から空を見上げると、呆れるほど透き通った大気の向こうから、星々の輝きが降り注ぐ。
 冬の冷気は痛みとなって肌を突き刺すが、茹だった頭を冷やすにはむしろ良い。
 大人げないとは思うものの、何事もなかったように振る舞えるほど、人ができているわけでもなかった。
 きっかけはほんの些細なことである。腹を立てるようなことでは、ない。けれども、ほんの少しだけ、むっとしてしまうのは……。
「……甘えてんだろな、きっと」
 独占欲で満たされる心に、煙を落として空へと吐き出す。たなびく筋を目で追いながら、考える。
 以前は、こんな気持ちになることはなかった。ただ、やりたいことをやって、やりたくないことはしない。そのために、人に深く関わらず、人に何も求めない。そんな生活をずっと続けてきた。
 そうしなければいけない気がした。それが、未だに見つけ出すことができないでいるあいつへの、償いであるような気がしたのかもしれない。
 でも、今は……こんなにも傍にいることが当たり前になっていて、さらに多くを求めている。
 らしくないな、と苦笑する反面、今までになかった暖かみにただ満たされていたい、と強く思う自分がいた。
 それは、香しくとろける極上の美酒のようで……あらがうことはできそうにない。
「……心配してっかな」
 書き置きを残して、ふらっと出てきてしまった。
 今戻るとさらに甘えてしまいそうな気がするが、でもまあ、いいかとも思う。彼女を不安にさせること以上に避けなければいけないことなんて、きっとない。
 煙草の火を揉み消し、枝から飛び降りて、身体を虚空へと投げ出す。
 冷え切った身体を暖める場所が、自分にはある。
 家に帰ろう。彼女の待つ、家へ。
 吐き残された煙が大気に溶け、ゆっくりと消えていった。

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