【EB】神の園

ルーファスとラルウァのSSです。
【注意:アンオフィシャル設定あり。苦手な方は回れ右を推奨】


 抱き合うとがっしりとした感触が伝わってきた。
 筋肉質の体による力強い包容。気を抜くと、意識が飛んでしまいそうになる。
 ああ、そういえば、と。ルーファスは薄れゆく意識の中で思い返した。
 本当であれば、今夜は鈴を抱きしめているはずだった。
 こんなもさもさした毛だらけの感触ではなく、絹のように滑らかな柔肌。軽く押しただけでぽよんと跳ね返してくる、弾力のある胸元。
 紅く色づいた頬に、ふわりと匂い立つ髪。抱き合う感触は甘く切なく、どこまでも溶けていきそうになる。
 ギリギリと万力のような力で締め付けられつつ、ルーファスの走馬燈はくるくると軽快に回り続けた。今際の時を苦しまずに過ごすための防衛機制かもしれない。
 腹元からどくどくと赤い液体が溢れてくる。生温かく、どろりとした感触が気持ち悪かった。
「レギオスブレイド!」
 空気を切り裂く掛け声とともに、ドスドスと何本もの刃が突き刺さる感触が、相手の体越しに伝わる。
 その隙を逃さず、締め付けがわずかにゆるんだ胸元からすり抜け、自分の体を仰向けに90度倒して両足を相手の腹に押し当て、思い切り蹴飛ばして離れる。
 その際、相手の腹に差し込んだナイフをグリッとひねっておくのも忘れない。
 ごろごろと転がりながら着地の衝撃を逃がし、素早く体勢を整えて仰ぎ見る。
 宙に浮かんだ魔剣がすぱーん、と景気良く相手の首をはね飛ばしているところだった。
 マスカレイドの仮面がカラリと音を立てて落ち、消滅する。後に残されたのは、首なしの熊の死体が一体のみ。
「あー……死ぬかと思った」
 首をこきこきと鳴らして肩を回しつつ、ルーファスはボヤいた。普段はきっちりと整えられた銀髪も、今は乱れてくすんでいる。
 男はいつもの僧服ではなく、動きやすい軽装のレザーアーマーを身につけていた。首元で軽く結わえた長髪は腰まで届き、泥に汚れた顔はそれでもなお、人目を引くほどの端整さを保持している。姿格好を問わず、繊細な優男のイメージがぴったりくるのがこの男、ルーファスだった。
 ただし、言動と行動はその限りではないのだが。
「うわ、なんだこりゃ。血がべっとり、気持ち悪っ」
 思い切り相貌を崩しながら、服に染みこんだ熊の返り血を拭う。細々とした擦り傷はあるものの、ルーファス自身に大きな傷はなかった。
「何言ってんのさ」
 奧の茂みをがさがさとかき分け、男がもう1人、姿を見せた。
 こちらは普段と対して変わらず、茶の長衣に紺のフード付きマントを羽織った、いつもの姿だった。ただ、足下は頑丈なブーツを履き、腰にベルトポーチを巻いているところから、旅装であることがわかる。
「腰だめにナイフを構えて突撃、なんてするからだよ。相手の気をちょっと逸らせてくれるだけで良かったのに」
「いや、それだと致命傷に持っていくまでに時間がかかっただろ。こんなところで道草食ってる暇ねーんだ」
「そりゃそうだけれどさ、もっとやり方ってものが……」
 呆れた表情を見せた男の顔は、ルーファスとは別の方向に整っていた。柔らかな輪郭は、女と言われても違和感がない。肌は白く、髪の色もまたルーファスと対照的に、金色に色づいている。目元の眼鏡が女々しいイメージをより一層強調していた。
「結果良ければ全てよし、だぜ。ラルウァ」
 言い切るルーファスに苦笑するラルウァ。
 その肩元に、にょっきりと唐突に、猫が生えた。
 猫は口元を動かさず、不満の声を上げる。
『主殿の魔術に頼りすぎではないか、ルーファスよ』
 尊大な口調の猫は、金色のもこふわの毛並みにつぶらな瞳をしていて、その可愛らしい姿と語り口がまるでミスマッチだった。姿を現すと同時、ラルウァの髪が黒色に変化
している。
「おー、カロル。今日もふわふわだな。ほら、飴食べるか?」
『わ。馬鹿、止めろ。我は撫でられるのが嫌いなのだ……むぐむぐ』
 猫の非難を気にもとめず、相好を崩して背中の毛並みを撫でにかかるルーファス。カロルも嫌がる様子を見せてはいるが、差し出された飴をちゃっかりと頬張っていた。
 デモニスタは体内にデモンを飼い、融合して魔力の源としている。この猫が、ラルウァの力の元たるデモンだった。
「しかし、ラル。お前、まだその杖使ってんのかよ」
 ラルウァが手にしている杖はひどくファンシーな形をしていた。
 杖の頭はハート型で、同じくハート型の宝石が埋め込まれている。柄には赤いリボンが結ばれ、うさぎ型の小さなマスコット人形がぶら下げられていた。
 悪魔と契約し、異形の力を発揮するデモニスタにはおよそ似つかわしくない杖だった。
「うん。……大切な子からもらった杖だから」
 やや視線を下げて眉根を寄せ、複雑そうな表情を見せるラルウァ。ルーファスは「ふーん」と呟いたものの、それ以上何も言わなかった。
「ルーファスこそ、その十…………いや、何でもない」
 言いかけて口淀むラルウァに、ルーファスはちらっと軽く視線を投げて寄越しただけだった。
 同じ装備を長く愛用し、使い込んで滅多に変えないラルウァに対し、ルーファスは装備をころころと変える。同じ種類のものを複数持っていて、その時々の気分で持ち変えているのだが、その中で唯一、首からかけている十字架だけは一度も変えたことがない。
 その理由をラルウァは知っていた。だからこそ、たとえ軽口だとしても口に出すことは憚られた。
「そろそろ行こーぜ。ぐずぐずしてると日が暮れちまう」
 熊の死体の向こう側、道とも言えない獣道を見上げながらルーファスが言った。目的地はこの山を越えた先にある。急がなければ、間に合わないかもしれない。
 ラルウァは背負い袋を担ぎ直し、足を再度、山の上へと向けた。

 そこは天国のような場所だった。
 小高い丘の上、一面に花畑が広がっていた。
 見渡す限りに咲き誇る、白く小さな花がそよ風に揺られ、その中に埋もれるようにしてこぢんまりとした教会が建っていた。
 建物は古く、今は訪れる人もないのか、朽ちるに任せるままとなっている。
「……変わらないな」
「変わらないね」
 ルーファスが呟き、ラルウァがそれに応じた。
 建物を見上げていた視線を下ろし、丘全体を見渡しながら、ぽつりと毒づく。
「この、禍々しい花畑以外は」

 身体を隠しつつ、ガラス戸から手鏡を使って建物内を覗く。
 暗がりの奥に蠢く影が、一つ、二つ……全部で四つ。
「やるか。10秒後にラルが陽動。俺が突入、制圧」
「オッケー」
 腰を低く保ちながら、しゃがみ歩きでルーファスが建物の裏側へと駆けていった。
 きっかり10秒後。
 ラルウァがガラス戸の外から『封印儀式』を唱えると同時、ルーファスが裏口から『グランドスライダー』で突っ込んだ。
 それで片が付いた。

「……ったく。俺たちの故郷でこんなもん作りやがって」
 ぶつぶつと悪態をつきながら、精製された白い粉が詰まった小袋を手に取り、大きな麻袋の中へ次々と放り込んでいく。
 床上には、割れて消えたマスカレイドの仮面の跡が五つ、染みのように残っていた。
 その宿主達の身体は、ラルウァの『デモンリチュアル』により影も形もなくなっている。
「でも、どうやら流通する前みたいだし、間に合って良かったよ」
 袋詰めの作業をこなすルーファスに、同じ作業を行いながらラルウァが言った。
 大事に至る前に阻止できたことに、ほっと胸を撫で下ろす。
 この白い粉は「パラダイスダスト」と呼ばれる、強力な依存性のある麻薬である。服用すると、天へと上るような幸福感を得られることと引き替えに、精神と脳細胞を急速に破壊する。
 その危険性と希少性から、闇市場にもまず出回らない品なのだが、一度に大量に市場投下することにより、ごく短い期間で莫大なダルクを荒稼ぎすることが可能であった。
 問題は、その原材料となる「ダストフラワー」と呼ばれる花がうまく生育する土地がめったにないことなのだが。
「……何の因果か、うまく育っちゃったっぽいんだよな、これが」
「まあ、麻薬で破壊された人のエンディングがたまたま僕らに見えたのも、因果と言えば因果かな」
「たまたま、じゃないさ」
 麻袋の口をキュッと縛り上げながら、いつになく真面目な調子でルーファスが言った。
「『俺たちだから見えた』んだろ」
「……ん。そうだね。それが、エンドブレイカーの定めってやつなのかも」
「難儀だよなー、正直」
 ぼやきつつ、麻袋を肩に担ぎ上げる。
「さ、処分しちまおうぜ」

 協会の裏手、丘の隅にひっそりと、小さな墓が立っていた。
 石を四角く削って置いただけの簡素な墓石。その前に二人並んで立ち、用意してきた花束を供える。
 ぱちぱちと火の粉を散らし、赤く燃える花畑を背に、ルーファスの朗々とした祝詞が響いた。

 ──Ave Maria, gratia plena,
 Dominus tecum,
 benedicta tu in mulieribus,
 et benedictus fructus ventris tui Jesus.
 Sancta Maria mater Dei,
 ora pro nobis peccatoribus,
 nunc, et in hora mortis nostrae.
 Amen──.

 墓石に付いた土を手で払いつつ、ラルウァは最後に一度だけそっと、石の縁を優しく撫でた。
 孤児として、神父様と共に暮らしていた少年時代の記憶が朧気によみがえる。
 それは、過ぎ去った年月以上に、遠い遠い過去であるような気がした。
「……また来るよ。みんな」
 そう呟くラルウァに、祈りを終えたルーファスが声をかけた。
「んじゃ、帰ろうか」


「ただいまー」
「ルーファス!」
 翌日の朝。家の戸を開けると同時、玄関の前でおろおろとしていた鈴花がこちらに気づき、矢のように飛びついてきた。
 ルーファスの胸に顔を埋め、服の裾をきゅぅっと強く強く握る。
「……心配、したんですから! 置き手紙一つだけ残して、いなくなっちゃったらどうしよう、って……心配……ぇぅ」
 声が嗚咽に変わり、言葉にならない。
「ごめんな。急だったもんでさ。直接話してから出かけられれば良かったんだけど、鈴、買い物に出かけてたみたいだったし……あー、泣くな泣くな。ほら」
 ぐすぐすとしゃくりあげる鈴花の目元を指で拭い、その小さく可憐な唇に、口を重ねる。
 突然の感触にびくりと震える鈴花だったが、やがて身を預けるように目を閉じた。頬がほんのりと桜色に染まっていく。
「あー……それじゃ、僕らはこれで」
『邪魔をした』
 ルーファスの背後に所在なさげに立ち、遠慮がちに声をかけるラルウァとカロル。
 鈴花の目が、今初めて二人に気が付いたとばかりに大きく見開かれた。慌ててルーファスから離れようとするものの、抱きしめられた身体はびくともせず、塞がれたままの口からむーむーと声が漏れた。
 笑顔を顔に張り付けたままのラルウァ達が立ち去った後も、1分間たっぷりと拘束された後、鈴花はルーファスの口づけと抱擁から解放された。
「……もう! 馬鹿。ルーファスの……馬鹿。人が……人が見て……」
 真っ赤に染まった頬を手で覆い、ごにょごにょと口ごもる鈴花。
 その耳元で、ルーファスがそっと囁いた。
「昨夜のお詫び、今からたっぷり……な」

<END>

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